良質な1万と、凡庸な100万の話。

■記事は前後の文脈も追った丁寧なまとめ

「1万部で超面白い」「100万部でありきたり」どっちを担当したい 講談社の「採用面接質問」に侃々諤諤 J-CASTニュース という記事を読んだ。発言の前後の文脈も丁寧に追った、良いまとめ記事である。


■皆が同じ答えを返すことへの、面接官の憂鬱

編集者の質問の本質は2つある、と思っている。1つは、皆が判で押したように同じ答えを返す、ということである。二択の質問をしているのに、なぜか一方に寄る。別に「 1万部で超面白い」方の担当でも良いと思う。「その1万を10万、100万にしていきます、それが私の仕事だと思います」みたいな答えでもいいような気はする。とはいえそれも皆が皆、同じように答えられると、面接官としては正直うんざりだろう。そもそも正解がないと言っている質問なのに、みな機械的に同じ答えでは、張り合いがない。


■営利企業である以上、売上は重要

一方で、営利企業である以上、売上は重要である。なので「1万部」と「100万部」であれば、担当としてより重責なのは、「100万部」の作品の担当であるのは間違いない。しかも「ありきたり」の内容で100万部の作品など、どう切り盛りしていくかは難しい筈だ。その難題にどう対処していくか、その答えのほうが確かに気になる。そこにチャレンジしないというのは、無難に済ませている感は否めない。


■とはいえ、正解はない

ただ、編集者氏が言うとおり、正解はないのだ。たとえば、質問を無視して、「どっちも重要そうなのでどっちも担当したいです」と切り返すのはおそらく正しい。どっち?と聞かれているのに回答になっていない、と言い出す人もいるだろうが、そもそも与えられたルールに沿わなければイケナイという話でもない。「両方担当はできないんですか?」という問いかけはあってもいいだろう。そもそも1作品のみの担当というわけでは実際ないだろうし。作家さんにも会社にも認められ重責を担える編集者になりたいです、的な回答が正しいだろう、という話ではなく、面接官の問いかけは、会話をしたいからである、と考えれば、質問に対しては、正解を返すことが目的ではなく、その後の展開できる回答をするこそが重要であるのだ。


■ミリオンセラーには凡庸なものが多い

ところで。売れているものは売れているということ自体で正しいに質が良いのだ、という話があるが、これは正直、眉唾だと思っている。売れている/売れていない と、質の良い/悪い は完全に別ものである。売れているから良いものなのだ、は、正しくない。皆に支持されているから売れているのだ、ということ自体が、誤解であるからだ。


■売れるに質は問わない

ベストセラーはなぜ売れているのか。答えは簡単。宣伝量の問題である。話題になっているから、売れるのだ。買う側は、中身を見て買うわけではない。買ってから中身を知るのだ。なので、中身が良いことを確認してから買うわけではない。

大ヒットするということは、そのジャンルの標準的なヒット作よりも売れている。 つまり、 普段買わない人が買っているわけだ。 そういう人は、 良し悪しの判断ができない。 訓練されていないし、素養がない。素質自体がないかもしれない。

そして、購入という行為は自身の判断に基づくものである。 なので、たいていはそれを肯定するバイアスがかかる。 買ったものが悪かったと判断することは、買った自分自身を否定することになる−と意識下で思ってしまいがちである。買ったものを否定するのは相当なひねくれものなのだ。


■このサイトでは、売れようが売れまいが、良いものを探して薦めたい

そんな話をしてみたが。このサイトは、そんな中で、ある種の目利き、コンシェルジュ、セレクトショップ、ナビゲーター的な役割を果たしたいと思って始めたものである。大ヒットのなかにも、良いものはある。売れているから全部ダメかというと、そうではない。間違って売れてしまった、誤解されたまま売れている、本当に良いものというのもあるのだ。売れないからダメかというとそうでもなく、かといって売れないのは良いものだという話でもない。売れていようが売れていまいが、知られていようが知られていまいが、話題にのぼろうがのぼるまいが、質はそれとは別ものである。このサイトは、良質を思うものを応援したい、救いあげたい。良質でないものは、そんなものに金を使うよりも良質なものに使いたまえと言いたい。それがクリエイターのため、業界のため、ひいては消費者のため、私の喜びのためになると思っている。


■先々を考えれば質を問わないと自滅する

そうそう、売れることと質とは別だといっても、売りたいものなら質にはある程度以上の水準は目指すべきなのだ。なぜなら、買った人はそのものの質にふれるわけで、その際に失望することがあれば、結局はどこかで夢から醒めて、そこに金を使わなくなってしまう。80年代あたりのテレビ局製作の日本映画が惨憺たる出来栄えのためしばらく邦画が暗黒時代に陥ったことは良い例である。客は入っても駄作ばかりでは魔法は解けて稼げなくなる。出来を伴わないと、次の客になってくれない。業界としては、売れるものは質がある程度担保されているものでないと困るのである。だから、少なくとも悪質なものは、なるべく排除したほうが良い。売れているならなおさらである。本当はヒットしている駄作にこそモノ申すのが未来のためには不可欠なのだ。

・・・となると、「100万でありきたり」な作品なら、「ありきたりだけどソツなくよくできている」といった、ある程度の質の担保を目指すことが重要かもしれない。そんな会話を面接官とできたら、次のステップにあがれると思う次第である。



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