『アクタージュ act-age』に関連して考えたこと

『アクタージュ act-age』に関連して考えたこと


『アクタージュ act-age』連載終了に関するお知らせ とのリリースが8/10、集英社の週刊少年ジャンプ編集部より発信された。これは、前提となる事実を述べ、連載の終了を宣言しつつ、作画家さんに寄り添いサポートしていくことを公言した、今できる最大限の対応を行おうとした丁寧な内容であった。なんの異論もない。こうするしかないだろう。なので集英社や週刊少年ジャンプ編集部に何か言いたいことがあるわけではない。あるとすれば、公言通り、宇佐崎しろさんを本気でバックアップしていただきたいということくらいである。

一方で、なかなか難しい時代だなとは思う。これが原作の供給が難しいので続きが描けない、なら理解するのだが、原作者逮捕が社会的責任として大きいので連載を打ち切る、という話には、もやもやするものがある。ただ、出版社や編集部はそういう判断をせざるを得ないだろう。コンプライアンス的にも会社によってはそういうルールなところもありそう。ただ問題はやいのやいのと責めてくる外野にある。そうした無責任な攻撃に対しては先手を打つのが最善ではある。

ところで、犯罪行為を行った人の著作物は、取り下げないといけないのだろうか?そもそも、逮捕された、という警察発表や報道があっても、その時点では裁かれる前なので、建前でいえば推定無罪なはずである。たとえば無罪であったり、あるいは送検されなかった場合、逮捕された時点で大騒ぎし様々な対処を行うのは、正常な行動なのだろうか?

それはそれとしてより現実的な話をすると、既に発売されているプロダクトも販売中止や回収がなされるとする。それは、どの範囲までが対象なのか?シンガーソングライターが逮捕されると当人のCDなど音源は販売中止となる。が、彼あるいは彼女が作詞作曲した曲は?他の誰かが歌っている場合は?演奏家が逮捕されたらその人が参加している作品はアウトとするのか?その辺の線引きは、メインかサブか、といったことで恣意的になされているように見える。俳優が逮捕された場合も、全作が制限される場合があるかと思えば脇役なのでとそのままの場合もままある。これが裏方なら?たとえば編集者が逮捕されたら関わる書籍雑誌作品は販売を差し止めるのか?ちなみに社会的責任という点では、公共の電波という建前のあるテレビ媒体は逮捕者の出演している番組を放送することに厳しい。ただし彼らは報道だといって事件の詳細や逮捕者本人の映像や氏名をばんばん流すのだが…。

逮捕者が出たところで、旧作の販売差し止め、みたいな事態は、正直あんまりよろしいと思わない。悪しき習慣をつくったのはレコード会社なのかねぇ…。そもそもどの時点で禊が済んだとして販売を復活させるのかも難しい。有罪なら刑期を満了した時点?執行猶予なら執行猶予期間が終わった時点?執行猶予つきならその判決が確定時点でいいのか?裁判になるなら判決確定次第、では起訴されなかったら?その時点から?逮捕された時点から制限を始めると不公平な話になりがち。そして、前科がついたとして、前科者の作品は扱ってよいのかいけないのか?これは、犯罪者だろうが刑期を終えれば不問に付すというのが正解、なはずだが犯罪者のものを取り扱うのかと絡んでくる人が後をたたない。一方、犯罪者が受刑中に手記やらインタビューやらに応じてそれが世に出ることもある。あれ?逮捕されたら販売を取り下げる一方で、そういう商売を行うというのはどういうことなのか?

かようなことを考えつつ、基本的に、 作品には罪がない。というか、作品と作者は別である。だから私は好きな作品の作者とお近づきになどなりたくない。幻滅したくないからである。



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